2013年04月05日

花盛り

今日は久しぶりにドライブした。
郊外の畑は桃の花が満開。桜はどこを走っても至る所で満開の桜を見ることができる。
まだ梅の花も、幾分しおれそうになった椿もまだ見られる。
それにモクレンの白い花。白い花ならコブシの花も咲いている。
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河土手には菜の花やレンゲにタンポポも。とにかくどこを走っても花盛り。
まさに春が来た!ことを実感する。


春が来た。という「来た」には歓びの感じが溢れている。
そして四季の内でも春だけ「来た」と付けるけど、夏にも秋にも冬にも後ろに「来た」と付けて歓ぶ話はあまり聞かない。
やはりそれだけ春が来るのは嬉しい気持ちが日本人にはあるのだろう。
この花盛り状態もこの週末辺りまでのようだ。

ボケの兆候?

ボケと物忘れの違いでよく言われるのが、夕食に何を食べたか思い出せないのが物忘れで、食べたかどうか分からないのがボケだとか。


私もそんなボケの兆しなのか、隔日に入る風呂で、昨日風呂に入ったかどうか思い出せない。
入ったようでもあるし、入ってないようでもある。


ここ数年排尿の調子がよくないので泌尿器科でユリーフ錠4mgという錠剤をもらって飲んでいる。
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これで排尿の具合はかなり良くなってきた。
これは朝夕の食後に服用するものだがよく飲み忘れる。
しばらくしてあれ?クスリ飲んだっけ?


飲んだようでもあるし飲んでないようでもある。
これもやはりボケの兆候なのだろうか?

2013年04月02日

長嶋さんに国民栄誉賞

長嶋茂雄さんに国民栄誉賞が贈られることになった。
僕は貰っているものと思っていた。遅すぎたくらいだ。


現在のプロ野球の隆盛の火付け役は長嶋さんだ。
もし、長嶋さんが現れていなかったら、現在のプロ野球はこんなに人気スポーツになっていなかっただろうと思う。


それまでにも人気の選手は多くいた。
川上哲治、千葉茂、青田昇、与那嶺要、杉田茂、そして金田正一。
与那嶺選手はよく打っていた記憶がある。ファンだった。
小学校から中学校とプロ野球は巨人だった。水原監督が好きだった。


日本の高度成長に合わせて長嶋が現れた。
僕には長嶋が日本の高度成長のエンジンの一つになったようにも思える。
この長嶋エンジンに火を点けたのが、昭和34年の忘れもしない展覧試合での阪神村上投手から打った劇的なサヨナラ本塁打だったと思う。
懐かしい・・・

2013年03月31日

サンクコスト

サンクコストという言葉が経済用語にあるらしい。
サンクとは埋没というのだそうで、いままでに払ってしまって今後回収できない費用を指す言葉だそうだ。


今までに払った金額が大きいほど、それを惜しむあまりその呪縛から抜けられない。
それは金銭ばかりでなく時間や日数、年月も含まれる。


例えば、高額の入会金を払って何かの会へ入会して、さらに年会費も払っていてもいつまで経ってもモノにならない。
本当はそこに至るまでに自分で見切る必要があるのだけれど、払った費用が高額なためズルズルと年会費を払い続ける。
そしてムダな出費がさらにかさむことになる。
現在、日本の家電業界がかつての巨額投資のサンクコストの呪縛から脱出できずに赤字が増えた。


これは自分の反省としてもピッタリ当てはまる。
考えてみれば、なんとサンクコストの多かった人生なのだろうかと幾分自虐的になる。
人生でもサンクコストがあるし、我が家のなかにも増えすぎた家財道具にもある。


これは高かったのだからと、使いもしないでタンスの肥やしになっている物がいっぱいある。
まさに始末に困っている。
断捨離とは、まずサンクコストの呪縛から抜け出すところから始めなければいけない。

2013年03月28日

ジャンボ宝くじ

2月の末に振り込みが何件かあったのでみずほ銀行に行った。入口の隣に宝くじ売り場があった。
何となく誘われるように、めったに買わないジャンボ宝くじを10枚買ってみた。
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宝くじは年に1回買うかどうかのペース。
そして買うときはバラで買うことにしている。連番で買うと組番号が一つなので当たりくじの組番号が違っていたら1枚見たらもうそれ以降の楽しみが半減する気がする。


買ったままで当たりくじを調べるのを忘れていた。
今日、グリーンジャンボの番号をネットで調べていたら6等の下2ケタ19番が1枚当たっていた!
それと7等の1番が1枚。


過去に何度もジャンボくじを買っても7等300円以外当たったことがなかった。
今日さっそく月末の振込に合わせて宝くじの窓口で2枚3300円を換金した。
元本3000円で1割の高配当。と言ったってわずか300円のプラス。
それでも今年は春から縁起がいいぞ!

2013年03月27日

『火車』宮部みゆきを読む

久しぶりに海音寺潮五郎さんの歴史小説が読みたくなって、まだ読んでいない作品を探しに本屋さんへ行ったのだが潮五郎作品は文庫本の棚にも全くなかった。


僕の知らない作家がふえている。
相変わらず東野圭吾の小説がたくさん並んでいる。僕は1冊も読んでいない。
宮部みゆきの本も結構置かれている。


宮部さんは大の藤沢周平ファンだと色々なところで書いている。
以前何かを読みかけてなかなか読みづらくて途中で投げ出して以来、1冊も読んでいなかったのだが何気なく手にしたのが、『火車』という小説。
これは山本周五郎賞作品だと書いてあった。


周五郎は昔かなり読んだので懐かしくなって『火車』を読む気になった。
読み始めると意表を突く展開から目が離せなくなって一気に読んでいた。
で、ふと思ったのがこの小説の主人公は誰なんだろう?


大きい流れは、公職中にケガをして休んでいる刑事の本間俊介が、親戚の若者に依頼されて突然失踪したその若者の婚約者を探すというもの。
その女性の名前は関根彰子といい、かつてカード破産者だった。女性の勤務先や破産の時の弁護士を訪ねて関根彰子を探す。


その時の弁護士の話として「自己破産は特に金銭にだらしのない人間がなるわけではない。いたって普通の、真面目な人が陥る事が多い」という部分は宮部さんがこの作品で言いたかったことなのかと思った。
作品の中でこの弁護士の言葉だけが妙に浮いていたように思った。


その弁護士に本間俊介が見せた新城喬子の写真から物語は一気に別の展開を見せる。そしてもう一人の主人公新城喬子の行方を探すドラマになる。
その二人の共通の暗い影が破産者と言うものだった。


この小説、結局関根彰子も新城喬子もドラマの中では表に一度も表れることなく、二人と出会った者の口から語らせている。それでいて二人の生き様ははっきりと捉えられる。


物語は終局のクライマックスへと息もつかせず持って行く。
最後にチラッと本間俊介の前に新城喬子の後ろ姿を見せてドラマは終わる。
最期に新城喬子の現実の言葉を聞きたいとも思う物足りなさがあるものの、そんな含みを残したところが良いのかも知れない。


なんとなくストーリーでは新城喬子が美化されていると思う。
結局自分の幸せを、他人に成りすますことで得ようとするわけで、名前を奪われた被害者の不幸の上に成り立っていることをついつい忘れてしまいそうな結末だ。

2013年03月26日

タイガー・ウッズ復活

プロゴルフの米国男子ツアー「アーノルド・パーマー招待」でタイガー・ウッズが今季3勝目、通算77勝を挙げて、約2年5か月ぶりとなる世界ランキング1位の座に返り咲いた。


2009年に女性問題による醜聞や離婚問題でタイガーのカリスマ性が剥げ落ちて以来、僕はもうタイガーの時代は終わったと思っていた。


そりゃあ、あれだけ世界中で不倫スキャンダルが取り上げられたらゴルフをする環境ではなかっただろう。
それが練習を重ねて世界ナンバーワンに帰り咲くとは・・
まさに不死鳥のごとし。


やはりゴルフ界にはタイガー・ウッズがいないといまいち盛り上がらない。
これで石川遼クンが頑張ってくれたら日本のゴルフ界もさらに盛り上がるのだが・・
これで今年のマスターズが楽しみになってきた。

2013年03月11日

鎮魂の一日

今日は日本列島が鎮魂の一日となった。
テレビを付けているとどこのチャンネルも大震災関連。
涙腺が緩んでしまって、テレビから聴こえる話が耳に入って涙ばかり拭いている。


今度の大震災による破壊で東北地方が日本の中で果たしていた役割のいかに大きなモノであったか改めて痛感させられた。
漁業や水産加工業はもちろんのこと、農業にしても工業にしても日本と言う国を支え、我々の暮らしを支えてくれていたのだと実感した。


大自然は冷酷非情だが、日本人は熱い思いで被災地への支援をそれぞれの立場でしていかなければならないのだと思う。
被災地の人々も我らの家族だという共通の思いを強くした。

2013年03月10日

春が来た!

春が来た。春が来た。花粉も来た。黄砂も来た。PM2.5も来た!
遠くの山々ではなく近くの建物もおぼろに見える。
お蔭で目は痒いしクシャミは出るし(涙)


春霞と聞けば、遠く平安の昔より和歌にも歌われ春のおぼろとして眠くなるほどのどかでゆったりした気分にしてくれる言葉だったはず
ところが現在の春霞の正体は大量の砂埃と聞けば、とてもその空の下でのんびりとしてはいられない。


それでもかつては黄砂が遥かゴビやタクラマカンの砂漠やシルクロードの地から来ているというロマン?が我が心にはあった。許せると思っていた。


ところが今では、車のフロントガラスは汚れるし、洗濯物も外には干せない。
おまけに今年はPM2.5なる汚染物質も黄砂とともにやってくるとなると日本の地理的環境が恨めしくなる。

2013年02月22日

消えてゆく方言の味

最近自分の娘に使い慣れた方言でしゃべると『それ、どういう意味?』と聞き返されることが何度かあって、はっと気がついた。
もうだんだんと地方独特の言葉がすたれて行っているのではないかということだ。これは少しショックだった。


小学校の時、東京から転校してきた子供がいて、その子のしゃべる東京の言葉が外国の言葉のように聞こえた。
当時はまだテレビもなくて標準語を聞くことはラジオだけだった。



だから地方の独特の言葉やイントネーションは浸食されることなく残されてきた。
ところがテレビの普及や交通手段の発展で国内の移動が活発になるなどで地方と中央の交流が活発になると地方の言葉がだんだんいわゆる標準語なるものに取って代わられるようになってきた。



最近 世界標準から取り残された日本独自の商品を“ガラパゴス”ということが言われているが地方の言葉、いわゆる方言にガラパゴスはないようだ。
どこの地方の方言も標準語の波に洗われている。



電車の中でおしゃべりしている女子高生の言葉に独特の方言はあまり聞かれない。
その代わりに独特の現代の若者言葉が飛び交っている。



いみじくもこのことを私の好きな作家、山形県鶴岡市出身の藤沢周平さんがエッセイ集『周平独言』の中で言っています。
ちょっと転記します。



「ことばの味」・・ 藤沢周平著『周平独言』より
『・・・ところでこういう方言の悲劇は、テレビ以前とテレビ以後で、ずいぶん変わってきたのではなかろうか。
最近の若い人たちは、恐らく私たちの年代のようには言語コンプレックスを持たないだろうし、仮に地方から東京に就職しても、東京言葉に馴れるのが早いのではないかと思う。
むしろ私は近頃、純粋の方言が失われることをひそかに気に病んでいる。
美しい単語、含蓄に富んだ言い回しなど、方言には捨てがたい味があるわけだが、郷里に帰っても、そういう本物の方言が、年々聞かれなくなってきたようである。
郷里に帰ると、私は出来るだけ正確な方言で話すことにしている。
そうするといかにも心が落ちつき、借りものでない言葉を喋っているという気がしてくるのだが、郷里の子供たちは、そろそろ私が話す方言がわかりにくくなっているようである。
最近二、三の小説に、私は郷里の方言を使っているが、失われていく方言に対する私の一種の焦燥感が、そういうことをやらせているとも言える。』 以上



・・・ 藤沢周平さんがこのエッセイを書いたのは“あとがき”の昭和五十八年から推測してさらに二、三年前なのだと思う。
方言がすっかりなくなる日がいずれ来るのかも知れない。

2013年02月20日

君台観左右帳記

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最近、本棚から何年も開いたことのなかった古い茶の湯関連の本を取り出して読んでいる。
その中の1冊に『君台観左右帳記』がある。
これは茶の湯の成り立ちを見る場合の基本の本と言ってもよいのではないか。
とくにこの世界文化社から出た訳注者の「村井康彦文学博士」による本書は実にわかりやすく解説された好著である。


茶の湯(茶道)は利休により完成されたと多くの人が考えているようですが、そこに至るまでにはまず多くの数寄者が試行錯誤を繰り返しています。(こういった話もいつかはしてみたい。)
『君台観左右帳記』の成り立ちは1363年ころとされ、利休の活躍した1580年代から200年以上古い時代です。


その出発点として“会所”という場所がある。
ここでは茶会はもとより花会や和歌・連歌の会などが催される会場とされた建物があり、それが新しい建築様式である書院造りとなっていく。
その座敷飾りの室礼(しつらい)として考えられたテキストのようなものが『君台観左右帳記』と思えばよさそうです。


ここで飾るものとしていわゆる“唐物”の等級付けがなされている。
当時の文人の芸術品を観る目の高さがわかる。それは現代にも通じる一級品であり現在国宝となっている唐物はここでも「上」となっているようです。
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当時の上流階級では唐物を持つことがステータスであった。
いわゆる唐物偏重と言われるくらい会所や書院座敷で飾られるものは唐物でした。


この座敷飾りで大きな役割を果たしたのが「同朋衆」と言われる人たちで、彼らは室町将軍に近侍し幕府の中で雑事を司る一群の人たちのことで阿弥(あみ)号を持っていました。
職掌として絵もよくし連歌の宗匠でもあり唐物の目利きにも長けていたところから同朋衆が体験的に考案した室礼の集大成を能阿弥や相阿弥が完成させたものが『君台観左右帳記』となったものらしい。
この阿弥が茶の湯の成立に深く関わったことが禅宗と茶の湯のつながりになっていく。(この話もいずれ・・)


それにしてもこの中の絵画にしても陶磁器にしても漆器にしてもすばらしいと言うほかない。
侘びさびの考案の原点にはこうした唐物偏重の反動があったのだろうか。
持たざる者、持ち得ざる者の工夫が侘びに繋がったのか?

2013年02月19日

アベノミクス効果

安倍首相のデフレ克服対策がジワリと出てきた。
デフレ克服とは逆に言うとインフレにすると言うこと。


多くの日本人の日々の暮らしが給料で成り立っている以上、もらう給料は毎年上がってくれないと成長する子供の教育費もねん出できない。
物価が上がって給料も上がるなら現在のデフレの中で萎縮しているよりありがたい。


理屈ではよく分かっているのだが現実に物価が上がってくると年金暮らしの者にはきつくなる。
早速その効果が出てきている。
それがガソリンや灯油の値上がり。
円安効果とかで輸入価格が上昇しているらしい。


1年前に130円で入れていたガソリンが昨日入れたら147円。
1リットルで17円も上がったら100リットルで1700円も出費増。
ドライブが唯一の愉しみの者には厳しい現実。

2013年02月16日

大鵬に国民栄誉賞

先日亡くなった大鵬さんに国民栄誉賞が授与されることが正式に決まったそうだ。
亡くなってみてやはり大鵬さんのいないことの寂しさや存在の大きさを今更ながら感じている。


大鵬さんが横綱になった昭和36年と言えば私の学生時代。
大鵬・柏戸の登場で大相撲界は大盛況でした。
私もテレビにかじりついて手に汗して見入ったものです。


米大統領にジョン・F・ケネディが就き、宇宙開発で一歩リードしている当時のソ連が有人の宇宙船を打ち上げてガガーリン飛行士が英雄になった年だった。
まさに昭和の成長期のまっただ中だった。


当時の大鵬は強かった。とにかく負けない横綱だった。
どっしりと構えて相手が色々仕掛けても動じない。
最近の横綱相撲にしても幕の内の勝負にしてもやたら横に跳んだり、はたいたり、引いたりとみんな楽して勝とうとしている。
そして勝負が簡単についてしまって相撲がおもしろくなくなってきた。


せめて大関以上は“はたき込み”や“引き技”は禁止すれば良いのにとつくづく思う。

2013年02月14日

ペットも高齢化?

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Yahooの記事を見ていたら“高齢化社会が抱えるペット問題”という記事があった。
犬や猫を飼う人の年齢は50代と60代が最も多いらしい。


さらに一人暮らしや認知症の高齢者のペット飼育率が高いのだそうです。
そうなると自分の食事もままにならない高齢者にペットの飼育が出来るのだろうか?
そして病気になっていても気が付かずに死なせてしまうケースも多いのだそうだ。


人間の寿命が延びるにつれて犬の寿命も大幅に伸びているらしい。
それも30年前に平均4歳だったものが今では13〜14才と3倍以上。犬も高齢化時代になってきた。
そうなると飼い主と一緒に認知症になるワンちゃんもでてくるだろうな。

2013年02月01日

輸入牛肉の幸と不幸

今日から牛肉の輸入規制が緩和されたということでスーパーの牛肉がめっちゃ安かった。
100グラム97円という値段でステーキ用アメリカ牛が並んでいた。
豚肉より安いかも。


さっそく274g265円というやつを買った。
フライパンで焼いて塩コショーで食べた。値段の割には美味かった。


しかしスジ肉の固い部分を前歯でちぎろうとして引っ張ったとたんに前歯がぽろり(泣)


半年前にやり替えた部分入れ歯を、また折れたところを追加したものにやり替えにしなければいけない。


ここにも“禍福は縄のごとし”で幸を喜んでいたら不幸がどこに潜んでいるかわかったものじゃあない。
| 自炊

2013年01月27日

加齢黄斑変性(かれいおうはんへんせい)

昨日我が家で本棚を整理していたら引出の隅から古い名簿が出てきた。
むかし加入していた奉仕団体の会員名簿。


パラパラめくると若かりし頃の我が顔。『う〜む』
そして懐かしき友人や先輩たち。
よし!久しぶりにその中の一人に逢いに行こう。


道を思い出しながら彼の家に着き玄関に出てきた夫人に『久しぶり!』と言っても
『誰?誰?』としばらく誰だかわからない様子。
黙っていたらそれでも思い出してくれて応接間でお互いの夫婦と約10年ぶりの面談。


彼の近況を聴くと4年ほど前から加齢黄斑変性(かれいおうはんへんせい)という難病に罹り治療中とのこと。
その病気は見るものがゆがんで見える病気らしく車の運転も今では控えているらしい。
詳しくは『日本眼科学会』のページより加齢黄斑変性についてを見ていただきたいのですが、本人曰く、不治の病らしく今も何週間に一度病院で保険の効かない治療をしているがそれも進行を遅らせるだけの治療だとか。
ほっておくと失明すると言っていた。


それでも懐かしがって話が弾み2時間も長居をして再度の訪問を約して友人宅を辞した。
名前すら知らなかったのですが、『加齢黄斑変性』という病気は最近多いのだそうです。
用心しよう・・・。

2013年01月26日

藤沢周平さんの命日

今日1月26日は作家藤沢周平さんの命日だ。
周平さんは平成9年の今日69歳で亡くなった。


時代小説で江戸下町ものと武家ものと二種類の小説を多数発表されている。
どちらもおもしろい。
藤沢周平さんの人柄が作品の主人公によく表れているように思う。
そして周平さんの描く女性はやさしく、しかも一本の芯が通った強さのある女性ばかりでここにも周平さんの好みが表れているようだ。


周平さんの描く女性は誰もすてきだ。
「雪明り」の“由乃”「海鳴り」の“おこう”「よろずや平四郎活人剣」の“早苗”
「冤罪」の“明乃”「山桜」の“野江”。
まだまだあげたらきりがない。


そして海坂藩の風景描写や食べ物のおいしさ。
(とは言ってもまだ食べたことはない)
「三屋清左衛門残日録」の、おかみ“みさ”のいる小料理屋「涌井」でうまい料理を食べてみたい。


ふるさと“海坂藩”いや山形県鶴岡をこよなく愛した周平さん。
いまは鳥海山も雪に覆われているのでしょう。


遠くて行けない“藤沢周平記念館”に今年はなんとかして行ってみたいと思っている。

2013年01月17日

「高齢者講習」

『あなたの運転免許証の有効期限が6ヶ月後に近づきました。
更新手続きには事前に高齢者講習の受講が必要です。早めに受講してその後の更新手続きに備えてください。』
こんな案内が県の公安委員会から送られてきた。


始めて知ったのですがどうやら70歳以上になって免許証の書き換えをする場合、事前に「高齢者講習」なる講習を受けることが必須になっているようだ。
受講する会場は自分の都合の良い自動車教習所。そして5.800円の受講料を払う。
その講習を今日受けてきた。


講習時間は休憩を入れて3時間。
まず運転中の判断力の検査。
パソコン画面に道路が流れて足元のブレーキとアクセルを使い分けて画面に現れる子供の横断時のブレーキや歩道の人にどう対応するのかブレーキを踏み込む反応速度。
それから別の機械では静止視力や動体視力。さらに夜間視力の検査。
そして最後に実際にコースに出て運転実技。


これらを通して感じたことは思いもよらなかった老いによる反応の遅さや視力の低下です。
子どもの飛び出しに対してのとっさのブレーキの反応速度も思った以上に遅かった。
さらに明るいところからトンネルに入った状態での視力がない。
画面にがかすかに見えるのだがそののどこが切れているのか見えない。


さらに自信のあった実技でも慣れていない車だったとは言え、クランクで切り返しをしなければ通り抜けできなかったのはショック。
実技のコースは助手席に教習所の講師が添乗してそこを右折れしてとか、その信号を直進してその先で一旦停車ですと教えてくれるのでコースを覚えておく必要はない。
それでも月に4000km前後も運転している僕はスイスイと走ってやると思っていたのに予想外だった。


いずれにしても自分で気が付かない運転に必要な部分の老化が予想外に進んでいることを自覚させられた「高齢者講習」だった。
講習手数料の5.800円は高かったのか安かったのか?

2013年01月08日

“書聖”王羲之の資料

NHKのニュースによると王羲之の新たな資料が見つかったそうだ。
王羲之と言えば書聖として学校でも書道の教科書に載っている。


専門家は「遣唐使が唐から持ち帰ったとみられる極めて貴重な資料だ」と語っているそうですが、僕が昔友人の書家から聞いたのは『王羲之の書を越えることはできない』というものでした。
王羲之は目指すべき“頂”でそこを越えられないものなのだそうです。まるでエベレストの頂上のようです。
書のことは全く無知な僕はそんなにすごいのかと思った。


これを茶道の世界に持って来ればさしずめ「千利休」になるのかもしれない。
茶道を志す人にとって利休は目指すべきものであって超えてはならないものなのだろう。
利休の目指した茶の湯とはいったいどんなものだったのか。
僕の考えをまた別の日に書いてみたいと思っている。


ただ利休の目指した茶の湯とは利休だけの茶の湯だったように僕には思える。
それは利休一代で完結したものではなかったのかと・・・

2013年01月07日

パティ―・ペイジさん

何となく3日や4日の新聞をめくっていたら社会面の下の方にパティ―・ペイジさんが亡くなったという記事を目にした。85歳だったそうだ。


僕はパティ―・ペイジが大好きでLPも持っている。「テネシーワルツ」以外にも「モッキン・バード・ヒル」「チェンジング・パートナー」「ワン・ワン・ワルツ」などさらに「涙のワルツ」もよく聴いたものだ。


パティ―・ペイジさんの歌を初めて聴いてかれこれ50年は経っただろうか。
今でも1年に2,3度は聴きたくなる。


今日はパティ―・ペイジさんを偲んで「テネシーワルツ」や「涙のワルツ」を聴こう。