2018年08月19日

スーパーボランティア 尾畠春夫さん


山口県の周防大島で行方が分からなくなった2歳の男の子を68時間経って見つかったニュース。
私は思はず涙が出ました。
しかも見つけた人が大分県からボランティアで駆けつけた78歳の尾畠春夫さん。
尾畠春夫さんのボランティア精神がすばらしい。

理稀ちゃんのおじいさんが、お世話になって汗だくだからとお風呂を使うように言っても断るし、お茶の一杯もボランティア先では貰わないと言うことで自分の車で寝起きして簡単な自炊の食事を『うまい』と言いながら食べる。
東日本大震災では500日もそんな生活で活動を続けたそうです。

そんな尾畠さんが言います。
『まだ78歳』と。『もう』ではなくて『まだ』なのだ。
これはまさしく「一升瓶の五合」という話だと思った。
一升瓶の中にはいっている五合のお酒が、「もう五合しかない」と思うか、「まだ五合ある」と思うか。
『もう』は浪費に近い五合を悔やむ。『まだ』はまだまだ楽しめると思う。

78歳になっても『まだ』と思う尾畠さんをすごい人だと思う。
金銭欲も物欲もない、只々世のため人のために活動する尾畠さんの姿に現代の『菩薩』を見た。

一方助けられた2歳の理稀ちゃん。
彼もすごいと思ったのはゴロゴロした石ころの道を登って自分の行くところが分からなくなっても慌てず冷静に比較的安全な場所でじっとしていた。
とても2歳になったばかりの子供の取る行動とは思えない。
この冷静沈着があったから助かったのだと思ったら理稀ちゃんもスーパーマン。

あの山奥で二人のスーパーマンが出会ったのも必然だったのかもしれない。

余談だが周防大島は昭和の大作詞家星野哲郎さんの生まれ故郷。
星野哲郎記念館には3度行った。この島からハワイへ移住する人が多かった。魚も美味いし今年も行ってみたいと思っている。

我が家の百日紅の花。満開か?

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2018年05月31日

ステルス値上げ


昨日のニュースで3.5%のステルス値上げと言っていた。
普通値上げと言えば売価を上げるのだけど、ステルス値上げとは売価はそのままで内容量を減らして実質値上げになると言うもの。
消費者にとってはなんだかごまかされたような気分。

メーカーは値上げをしないと採算が取れない、でも値上げをしたら売れなくなる。そんなメーカーの気持ちが現れている。
最近少しずつ物価は上がっているようだが消費者の気持ちはまだまだ財布の口は堅い。

その表れとでも言うのが、これも昨日のニュースにあった100円ショップの出店が増えているというもの。
中には300円ショップも出てきているようだけど100円ショップがどんどん出店している。
インフレ時代なら100円ショップは成り立たないと思うのは自分だけだろうか。
だからまだまだ世の中はデフレ状態なのかな。

とはいうものの最近またガソリン価格が上昇している。全国平均が151円まで上がっているらしい。
ドライブが趣味の当方には一番堪える。これ以上上がるようだとドライブもできなくなる。トホホ・・

話は変わるのだが、今日は『世界禁煙デー』だった。
1日50本喫っていたヘビースモーカーだった僕が禁煙して10年以上になる。
今日の禁煙デーのことを2011年の今日、禁煙ブログに書いていた。
⇒⇒<こちら>




2018年05月16日

児島虎次郎展


成羽美術館で児島虎次郎の特別展が開催中です。
友人から招待券をもらったので行った。

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妻は子供のころから絵を描くのが好きで、一人になったら絵を描いて1日を過ごすとよく言っている。
成羽美術館は、時々お茶飲みに行くのだけれど今日は久しぶりに館内に入った。

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虎次郎の略歴を見ると東京芸大を飛び級飛び級で2年で卒業した天才だった。
大原孫三郎に見いだされて絵の勉強に西洋にわたり、さらに帰国してからも度々孫三郎の命を受けて名画の買い付けに渡欧する。
その上自分の画業にも精励し、まさに命を削るような日々を送っていたのだろう。それが原因かどうか47歳で亡くなっている。
凡人の我々にはとても成し得るものではない。
児島虎次郎の47年の業績をまるで無知だったことが恥ずかしい。




2018年05月12日

長野県北部地震


今日朝長野県の北部で震度5弱の地震があった。
大町市で5弱、白馬村で3、新潟県の糸魚川で3.
安曇野地方へ最後に行ったのは2014年の5月18日。ちょうど4年前。
作家藤沢周平さんの故郷、山形県の鶴岡へ行く途中に国道148号を糸魚川まで出た。
途中、国宝の神社があるので行った。

仁科神明宮入口
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白馬村の道の駅
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道の駅から西の山山を見る。北アルプスかな。
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ここからさらに148号を北上して糸魚川の道の駅に出る。

断崖絶壁
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今年あの辺にもう一度行く予定なのだが。今回の地震、仁科神明宮の鳥居は大丈夫だったのかな。

2018年05月08日

ブラザーズ5ライブ



『ブラザーズ5 アコースティックライブ』というのが先日購入した、因幡晃・堀内孝雄・杉田二郎・ばんばひろふみ・高山巌
のステージの正式名称。
矢掛町の文化センターホールで6月23日開演。

ところが友人から聞いたところによると、同じ6月23日に森山良子コンサートツアーが里庄町の総合文化ホールで開催されるということだった。
里庄町のHPを開いて確認した。

里庄町と矢掛町は南北に隣り合わせている。その隣町同士で同じ日に同じようなコンサートが開かれる。
偶然なのだろうか。



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2018年04月18日

下石井公園のはなみづき


今は“はなみづき”が見ごろになって色んなところで咲いている。
またぶらぶらと下石井公園まで行ってみた。

イオンモール近くの岡山地方合同庁舎の駐車場に白いはなみづきが満開。
ビルの白い壁で花が映えない。

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下石井公園にもあちこちに咲いていた。

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幸町図書館前 ↓
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公園前の西川の紅のはなみづき ↓
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図書館で新聞と週刊誌を読んで帰る。



2018年02月28日

カーリング娘の故郷


オリンピックで女子のカーリングが銅メダルを獲得した。
そして昨日夜ふるさとの常呂町に凱旋した。
夜遅いのに大勢の人が出迎えて拍手と花束を贈っていた。
常呂町は懐かしい場所。
3度オホーツクの海岸沿いにドライブしたけど最後に行ったのが2015年7月2日。
道の駅の切符を蒐集しながらサロマ湖の周りや女満別を走った。

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道の駅メルヘンの丘めまんべつ

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何度でも行きたくなるのがサロマ湖や網走、知床方面。
こうしていても行きたくてうずうずする。
今年はなんとか行きたいと思っている。






2018年01月26日

寒梅忌


今日は寒梅忌。平成9年の今日作家の藤沢周平さんが亡くなった。
去年の寒梅忌のことをこちらに書いていた。
       ⇒⇒  寒梅忌

1月23日の記事
       ⇒⇒  藤沢周平

周平さんの故郷にある周平記念館では何かイベントがあったのかな。

この藤沢周平記念館に1度行ったけど大急ぎだったので、今度寒梅忌の時行きたいと思っている。
でもこのシーズンの鶴岡は雪国なので、雪道のドライブは素人の者には無理かな。


2017年01月06日

何歳から高齢者?

今日のニュースに高齢者の定義を10歳延ばして75歳からにする案が浮上しているとあった。

確かに65歳から高齢者扱いはちょっと早い気がする。

僕の祖父は僕が中学校の2年生のとき75歳で亡くなった。

老衰による大往生と当時言われた。確かに中学生の僕から見て祖父はまさにおじいさんだった。


僕も今その歳になってみると、あの時のおじいさんよりはるかに若い気がする。

食生活を含めて日々の暮らしが当時は空想もできないぐらい向上した結果。

でもこれが幸なのか不幸なのかは分からない。


なぜならそれは、誰かが言っていたように寿命が延びたからと言っても、その延びた年数は、個々の人生で幼少期、青春期、壮年期、などにそれぞれ按分するのではなく、老年期だけにプラスされるのだから。

と言うことは、老年期だけがどんどん延びることになる。

益々老年時代をどう過ごすかが問われる。


2016年10月09日

秋祭り

祭りの太鼓の音が遠くで、近くで聞こえている。子供の頃は神輿の後ろを付いて部落中を歩いたものだ。

青年時代は都会で就職していたので神輿の担ぎ手にはならなかった。
しかし最近の我が町の祭りはなんだか静かになってしまって昔の活気がない。
ただ子供神輿だけは相変わらず『ワッショイ!ワッショイ!』と元気よくまわっている。

足首にギブスをして松葉づえ生活なので動きがとれない。写真を撮って張り付けたくても写真が撮れない。





2012年11月02日

老人力

赤瀬川原平さんの造語に“老人力”があります。
一部本人の言葉を借りると・・・


『歳をとって物忘れがだんだん増えてくるのは、自分にとっては未知の新しい領域に踏み込んでいくわけで、けっこう盛り上がるものがある。
 宇宙船で人生に突入し、幼年域・少年域・青年域、と何とか通過しながら、中年域からいよいよ老年域にさしかかる。
そうするといままでに体験されなかった“老人力”というのが身についてくるのだった。
 それがしだいにパワーアップしてくる。がんがん老人力がついてきて、目の前にどんどん「物忘れ」があらわれてくる。』


そしてこの“老人力”は誰でも簡単に手に入れることはできない力だと赤瀬川原平さんは言います。
長い長い人生を、それこそ山あり谷あり病気あり結婚あり仕事があり定年退職あり、さらに親しい友との死別ありと色々な山坂を乗り越えた末にやっと手に入れることができるのが“老人力”という複雑なエネルギーなのです。


この複雑なエネルギーがかなりのパワーを持ってくるのが70歳という年齢からだと最近つくづく感じています。物覚えはまずムリ。体力、筋力はほぼナシ。


せっかくこの歳になって手に入れた貴重な“老人力”。
すでに何人かの親しい友は“老人力”を手に入れる前に亡くなりました。
ならばこれから益々パワーアップする“老人力”をじっくり噛みしめてやろう。

2012年10月01日

雑草魂



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君のようにどこでも生きていけるたくましさがあったら
    今のような侘びしい暮らしにはなっていなかっただろう・・




2012年03月05日

71歳でオリンピック選手

ロンドン五輪の馬場馬術代表に70歳の法華津寛さんが決まったということです。
オリンピック開催時には71歳になるそうです。


“老いて益々盛ん”とはこの法華津さんのような人を指すのでしょう。
そして法華津さんはインタビューで語っておられます。


『歳を取っていることに感謝している』
確かに自身の最年長記録を塗り替えることで注目を集めているわけですから・・。


またこうも言われています。
『年齢がいっても続けていればそれなりの結果が出ることを伝えたい』
まさに継続が力になり。
続けることで結果が出ることをモチベーションにして日々頑張りましょう。

2012年02月23日

高齢者とは?

一体『高齢者』とは何歳からを言うのだろうか?
国の考え方からいうと65歳からのようですが、道路交通法によれば70歳過ぎたら高齢運転者標識という、いわゆる「四つ葉のクローバー」マークを貼ることが一応決められているようです。
では『敬老の日』の敬老の対称年齢は何歳なのか?


今日のニュースによると、65歳以上を一律に「高齢者」として「支えが必要な人」と捉える固定観念を見直して、健康で意欲と能力のある65歳以上の人には、支える側にまわってもらうということのようです。


これは適齢の高齢者にとって喜んでいいのか・・・?
高齢者とは自分が高齢者だと思い始めたらそこから高齢者になるのでしょう。

2012年02月04日

『三屋清左衛門残日録』

私は藤沢周平さんの小説のファンです。
薫り高い平易な文体で日常の暮らしの中の風景を描写します。


その藤沢作品にハマるきっかけの作品が『三屋清左衛門残日録』です。
主君の側用人という重職までなった三屋清左衛がその職を辞してからの日常生活を短編で連ねたものです。


文庫本の初めのころを少し長めに引用させてもらいますと・・・


『・・・したがって、隠居して勤めをひき、子供に家を譲ることについては、仕事の上の心残りも余分な感傷の類も一切なかったつもりである。
隠居してあとは悠悠自適の晩年を過ごしたいと心からのぞんでいたのだ。
清左衛門が思い描いている悠悠自適の暮らしというのは、たとえば城下周辺の土地を心ゆくまで散策するというようなことだった。


散策を兼ねて、たまには浅い丘に入って鳥を刺したり、小川で魚を釣ったりするのもいいだろう。
記憶にあるばかりで久しく見る機会もなかった白い野ばらが咲きみだれている川べりの道を思いうかべると、清左衛門の胸は小さくときめいた。


ところが、隠居した清左衛門を襲って来たのは、そういう開放感とはまさに逆の、世間から隔絶されてしまったような自閉的な感情だったのである。
そして、その奇妙な気持の萎縮が、数日して自然に消えたとき、清左衛門はそのものがどこから来たかをいささか理解出来た気がしたのだった。


隠居をすることを、清左衛門は世の中から一歩退くだけだと軽く考えていた節がある。
ところが実際には、隠居はそれまでの清左衛門の生き方、ひらたく言えば暮らしと習慣のすべてを変えることだったのである。


勤めていたころは、朝目ざめたときにはもうその日の仕事をどうさばくか、その手順を考えるのに頭を痛めたのに、隠居してみると、朝の寝ざめの床の中で、まずその日一日をどう過ごしたらいいかということから考えなければならなかった。


君側の権力者の一人だった清左衛門には、藩邸の詰所にいるときも藩邸内の役宅にくつろいでいるときも、公私織りまぜておとずれる客が絶えなかったものだが、いまは終日一人の客も来なかった。


清左衛門自身は世間と、これまでにくらべてややひかえめながらまだまだ対等につき合うつもりでいたのに、世間の方が突然に清左衛門を隔ててしまったようだった。多忙で気骨の折れる勤めの日日。
ついこの間まで身をおいていたその場所が、いまはまるで別世界のように遠く思われた。


その異様なほどの空白感が、奇妙な気分の原因にちがいないと清左衛門は納得したのである。
そしてむかしにもどることが出来ないとすれば、その空白感は何かべつのもので、それも言えば新しい暮らしと習慣で埋めて行くしかないことも理解出来た。
うかうかと散歩に日を過ごすわけにもいかぬらしいと、清左衛門は思ったのである』・・以上転記


そして清左衛門の隠居後の生活がスタートします。
友人の 町奉行が抱える事件や、昔通った剣道の道場を覗いたり、知人やかつての同僚が絡む事件の解決に奔走したりと、老後をそれなりに充実して送ることになります。


私は友人から定年の通知を受け取ると決まって、この『三屋清左衛門残日録』を贈りました。


2009年08月27日

定年後の暮らし

定年後の人生といいますと、第二の人生とか、老後とか言いますが、一般的には夫が60歳に達して定年になって身も心も勤め先から解放されて自由になったときからと言えます。


いよいよ“我が人生”も最終章と言いますか、ホームストレッチに差し掛かったと言いますか、とにかく「終わりよければ全てよし」と思って、終わりをよくするためにこれからをいかに“よく生きるか”を考えてみましょう。


終りよくするためには・・・・まず

● 健康
● 生活費
● 趣味・生きがい
● 夫婦のコミニケーション


これらがうまく調和がとれていることが大切なことです。
これからこれらの問題を“定年後の悩み”として取り上げていこうとおもいます。


かくいう私も3年前に定年になりました。
それからパソコンを自習し、ブログに挑戦しようと決心したところです。


今後ともよろしくお願いいたします。