2017年01月29日

『君の名は』

最近『君の名は。』というアニメが大流行らしい。読んだことも観たこともないのでなんのことだかわからない。
だけど『君の名は』なら知っている。
僕がまだ小学生のころで、ドラマの内容はわからなかったが、『忘却とは忘れ去ることなり。忘れ得ずして忘却を誓う心の悲しさよ』というナレーションだけはよく覚えている。
小学校の職員室で女の先生が昨日ラジオで聴いた『君の名は』の話をしていた。

『君の名は』のことを調べようとyahooの検索に入れても『君の名は。』ばかりがずらりと並ぶ。
君の名は 菊田一夫と入力したら昔の君の名はがやっと出た。

2016年10月13日

喫煙BOX

今日のテレビで一人用の喫煙BOXなるものを放映していた。まるで公衆電話BOXみたい。
一人入るのがギリギリやっと。
これどこに置くのだろう?喫煙できない場所の片隅にでも置くのかな。
それにしても喫煙者の身の置きどころが益々なくなりつつある。

かく言う私も40年以上連れ添った50本以上のヘビースモーカーが10年ほど前に禁煙した。
私の場合は禁煙外来に通ってニコチンパッチを貼って何とか禁煙できたけど辛かった!

私たちが学生時代殆どの男子が吸っていた。通学の列車でも煙が充満していた。
さすがに授業中は吸えなかったけどたいていの場所でスパスパ。
吸い始めて間もなくハイライトが発売された。確か20本入りが70円だった。
でも吸うのは“しんせい”が多かった。ちょっと贅沢して“ピース”を持っていると『おっ!』などと言って周りから手が伸びてすぐなくなる。

しかし時代は大きく変わって今や愛煙家は白い目で見られているみたい。
喫煙していたら傍から離れていく。
愛煙家はたばこ税をしっかり払って吸っているのだから、本当は感謝されても良さそうなのに・・・
とは言ってもあの煙の匂いはどうも頂けない。これは禁煙して初めて分かったこと。

2014年09月26日

すごいぞ逸ノ城!

大相撲秋場所も13日目が終わった。
ここにきて俄然注目されてきたのが “逸ノ城”という幕内10枚目の力士。
大相撲ファンの僕ですら今まで知らなかった。(そういえば最近知らない名前の力士が多くなった)
全勝できて、七ヶ目に勢に負けたころから注目していたら実にどっしりとしてそのご負けない。
よく考えた負けない相撲をとっている。
横に変化したりはたいたりするところはまだこれからの力士としては感心しないが、とにかく強い。昨日の豪栄道との一番なんかどちらが大関なのかわからない取り口。

明日は白鳳との大一番があるようだ。横綱と平幕の十枚目の力士との取り組みが大一番なんて相撲界にしてみたら情けない話。
それにしても両者ともモンゴル出身。数えてみたら幕内力士の42人の内13人がモンゴル出身。
横綱は3人ともモンゴル出身力士。おそらく近い将来もう一人逸ノ城が横綱になっているだろう。

大相撲ファンとしては淋しいようでもあるけど、よくよく考えたら、今モンゴル力士がいなかったら大相撲は現在のような賑わいは見られなかっただろうと思う。
ファンからもかなり見捨てられて、場所の観客は席の半分も埋まらないのが常態化していただろう。
だから逆に考えたらモンゴル力士の活躍で今の大相撲が成り立っているようなものだと思える。
これは幸か?不幸か?いやいや何も考えずに単純に大相撲を楽しもう。
それにしても“逸ノ城”はすごい!

2013年03月26日

タイガー・ウッズ復活

プロゴルフの米国男子ツアー「アーノルド・パーマー招待」でタイガー・ウッズが今季3勝目、通算77勝を挙げて、約2年5か月ぶりとなる世界ランキング1位の座に返り咲いた。


2009年に女性問題による醜聞や離婚問題でタイガーのカリスマ性が剥げ落ちて以来、僕はもうタイガーの時代は終わったと思っていた。


そりゃあ、あれだけ世界中で不倫スキャンダルが取り上げられたらゴルフをする環境ではなかっただろう。
それが練習を重ねて世界ナンバーワンに帰り咲くとは・・
まさに不死鳥のごとし。


やはりゴルフ界にはタイガー・ウッズがいないといまいち盛り上がらない。
これで石川遼クンが頑張ってくれたら日本のゴルフ界もさらに盛り上がるのだが・・
これで今年のマスターズが楽しみになってきた。

2013年03月11日

鎮魂の一日

今日は日本列島が鎮魂の一日となった。
テレビを付けているとどこのチャンネルも大震災関連。
涙腺が緩んでしまって、テレビから聴こえる話が耳に入って涙ばかり拭いている。


今度の大震災による破壊で東北地方が日本の中で果たしていた役割のいかに大きなモノであったか改めて痛感させられた。
漁業や水産加工業はもちろんのこと、農業にしても工業にしても日本と言う国を支え、我々の暮らしを支えてくれていたのだと実感した。


大自然は冷酷非情だが、日本人は熱い思いで被災地への支援をそれぞれの立場でしていかなければならないのだと思う。
被災地の人々も我らの家族だという共通の思いを強くした。

2013年02月16日

大鵬に国民栄誉賞

先日亡くなった大鵬さんに国民栄誉賞が授与されることが正式に決まったそうだ。
亡くなってみてやはり大鵬さんのいないことの寂しさや存在の大きさを今更ながら感じている。


大鵬さんが横綱になった昭和36年と言えば私の学生時代。
大鵬・柏戸の登場で大相撲界は大盛況でした。
私もテレビにかじりついて手に汗して見入ったものです。


米大統領にジョン・F・ケネディが就き、宇宙開発で一歩リードしている当時のソ連が有人の宇宙船を打ち上げてガガーリン飛行士が英雄になった年だった。
まさに昭和の成長期のまっただ中だった。


当時の大鵬は強かった。とにかく負けない横綱だった。
どっしりと構えて相手が色々仕掛けても動じない。
最近の横綱相撲にしても幕の内の勝負にしてもやたら横に跳んだり、はたいたり、引いたりとみんな楽して勝とうとしている。
そして勝負が簡単についてしまって相撲がおもしろくなくなってきた。


せめて大関以上は“はたき込み”や“引き技”は禁止すれば良いのにとつくづく思う。

2013年02月14日

ペットも高齢化?

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Yahooの記事を見ていたら“高齢化社会が抱えるペット問題”という記事があった。
犬や猫を飼う人の年齢は50代と60代が最も多いらしい。


さらに一人暮らしや認知症の高齢者のペット飼育率が高いのだそうです。
そうなると自分の食事もままにならない高齢者にペットの飼育が出来るのだろうか?
そして病気になっていても気が付かずに死なせてしまうケースも多いのだそうだ。


人間の寿命が延びるにつれて犬の寿命も大幅に伸びているらしい。
それも30年前に平均4歳だったものが今では13〜14才と3倍以上。犬も高齢化時代になってきた。
そうなると飼い主と一緒に認知症になるワンちゃんもでてくるだろうな。

2013年01月26日

藤沢周平さんの命日

今日1月26日は作家藤沢周平さんの命日だ。
周平さんは平成9年の今日69歳で亡くなった。


時代小説で江戸下町ものと武家ものと二種類の小説を多数発表されている。
どちらもおもしろい。
藤沢周平さんの人柄が作品の主人公によく表れているように思う。
そして周平さんの描く女性はやさしく、しかも一本の芯が通った強さのある女性ばかりでここにも周平さんの好みが表れているようだ。


周平さんの描く女性は誰もすてきだ。
「雪明り」の“由乃”「海鳴り」の“おこう”「よろずや平四郎活人剣」の“早苗”
「冤罪」の“明乃”「山桜」の“野江”。
まだまだあげたらきりがない。


そして海坂藩の風景描写や食べ物のおいしさ。
(とは言ってもまだ食べたことはない)
「三屋清左衛門残日録」の、おかみ“みさ”のいる小料理屋「涌井」でうまい料理を食べてみたい。


ふるさと“海坂藩”いや山形県鶴岡をこよなく愛した周平さん。
いまは鳥海山も雪に覆われているのでしょう。


遠くて行けない“藤沢周平記念館”に今年はなんとかして行ってみたいと思っている。

2013年01月08日

“書聖”王羲之の資料

NHKのニュースによると王羲之の新たな資料が見つかったそうだ。
王羲之と言えば書聖として学校でも書道の教科書に載っている。


専門家は「遣唐使が唐から持ち帰ったとみられる極めて貴重な資料だ」と語っているそうですが、僕が昔友人の書家から聞いたのは『王羲之の書を越えることはできない』というものでした。
王羲之は目指すべき“頂”でそこを越えられないものなのだそうです。まるでエベレストの頂上のようです。
書のことは全く無知な僕はそんなにすごいのかと思った。


これを茶道の世界に持って来ればさしずめ「千利休」になるのかもしれない。
茶道を志す人にとって利休は目指すべきものであって超えてはならないものなのだろう。
利休の目指した茶の湯とはいったいどんなものだったのか。
僕の考えをまた別の日に書いてみたいと思っている。


ただ利休の目指した茶の湯とは利休だけの茶の湯だったように僕には思える。
それは利休一代で完結したものではなかったのかと・・・

2013年01月07日

パティ―・ペイジさん

何となく3日や4日の新聞をめくっていたら社会面の下の方にパティ―・ペイジさんが亡くなったという記事を目にした。85歳だったそうだ。


僕はパティ―・ペイジが大好きでLPも持っている。「テネシーワルツ」以外にも「モッキン・バード・ヒル」「チェンジング・パートナー」「ワン・ワン・ワルツ」などさらに「涙のワルツ」もよく聴いたものだ。


パティ―・ペイジさんの歌を初めて聴いてかれこれ50年は経っただろうか。
今でも1年に2,3度は聴きたくなる。


今日はパティ―・ペイジさんを偲んで「テネシーワルツ」や「涙のワルツ」を聴こう。

2013年01月03日

早大対帝京大

今年の新年は完全に寝正月になった。
今日3日、コタツに入って箱根駅伝を見ていたら、最終区で並走していた早稲田と帝京がラスト100mのスパートで胸の差で帝京大が4位早大が5位になった。


早大対帝京大は昨日2日にもあった。早稲田対帝京のラグビー。
私は昔から早大ラグビーのファンで軽量FWが押されながらよく耐えてボールをバックスに展開して得点する試合運びにしびれていました。
そして早大ラグビーから発展して大学スポーツは早大贔屓になっていました。


ところが最近の早大ラグビーはFWが強力になって僕の持っていた早大ラガーマンのイメージが大きく崩れてしまいました。
今年は2日3日と帝京大に連敗してしまいました。

2012年12月28日

茶道の礼法について

きょうのlivedoor NEWSに茶道の礼法に古い朝鮮半島の王朝の「新羅の礼法」が採り入れられていると主張する記事が韓国系メディアに掲載されているそうです。
そしてこの記事に対する茶道家の反論が見られます。


茶道・茶の湯については別の日に色々私の感じたことを述べたいと思っていますが、茶の湯については室町時代の書院のお茶から“闘茶”、さらに佐々木道譽などのいわゆる「ばさら」の遊びとなり、しだいに遊芸の一つとして興ったもののようです。


そして、将軍義政の同朋衆の一人であった能阿弥に始まる東山流茶道から書院茶ができ、さらにこれとは別の流れから村田珠光の侘び芽が出て、そこから100年経った頃、堺の町衆で利休の師匠武野紹鴎が草庵茶室の元となる茶室を造ったころから遊芸として確立されていったようです。


私は茶室の原点は八代将軍足利義政の隠居後の暮らしの拠点となった慈照寺、通称銀閣寺にある東求堂の中の義政の書斎であった同仁斎だと思う。

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<東求堂>
いつか・住もう・京都様より写真をお借りしました。


そのころまでの茶道にあまり新羅や李朝の影響は見られないように思います。
ただ当時の上流社会の美意識に舶来品に対する強い憧れがあり、それが唐物偏重となり、さらに高麗ものなどを茶の湯の道具に使うことが一等茶人としての資格になっていたようです。


茶の湯が茶道として確立するのはやはり利休からでしょう。
その利休の考案した茶室はそれまでの武野紹鴎の四畳半茶室に見られない工夫がいたるところに見られる。
その最たるものが「躙り口」と呼ばれる高さ約66cm、幅約63cm程度の茶室の入り口ではないだろうか。


この「躙り口」などは通常の日本人の暮らしの中では発想ができないものです。
後世の人たちはこの躙り口を、何びとも茶室のなかでは平等だから入り口から頭を低くして謙譲の態度を見せるのだとか、色々後付けの理屈を言いますが、私は利休の茶室の考案には李朝時代の民家を参考にしたのではないかとあるときふと思ったことがあった。
そう思った根拠があったはずなのだが何だったか今は思い出せない。


きょうのlivedoor NEWSを読んでふと利休のお茶室を思い出しました。

2012年12月08日

関東学院大2部降格

夕方yahooニュースを見ていたらショッキングな記事を見た。
<大学ラグビー>関東学院大、82年度以来の2部降格・・とあった。
あの全国大学選手権6度の優勝を誇る関東学院大が2部に降格が決まった。


関東大学対抗戦の常勝軍団・早稲田との熱戦を制してチャンピオンに。
早稲田ファンのぼくにはくやしい事でしたがその試合運びは早稲田に似たところがあるようで憎めないものがありました。
常勝軍団の綻びは2007年の事件から。


まさに『盛者必衰の理をあらはす』『驕れるもの久しからず』
盛者がハマる落とし穴に落ちたようなもので、そこからいまだに上がれずにもがいているようです。
勝負の世界で常勝は不可能かもわかりません。
でも常勝が途切れて落ちて落ちて、そこから這い上がるときの力はやはり伝統や歴史の中に存在する多くの先輩達の力のように思う。


かつての早稲田、明治、慶応にも長い歴史の中で落ち込んで勝てない時期が何度もあった。
そんな時に湧き出るのが伝統なのだと思う。
今の早稲田や明治もかつての先輩達から見たら歯がゆいものがあるだろう。
関東学院大も全国大学選手権6度の優勝による伝統はこれから出てきていつの日か復活すると信じたい。
それには先輩たちの熱い思いを後輩に注入することだろう。


それにしても今回の入れ替え戦で勝利した立正大の監督はかつての早稲田の名ハーフ堀越正巳選手だそうだ。
なんとなく何かを感ずるのは僕だけだろうか?
彼が熊谷工業高校で花園準優勝した時から注目していた。さらに早稲田から神戸製鋼で全国優勝に貢献した。


同じ早稲田の宿沢広朗の再来と言われたが僕には宿沢広朗の代わりはいないと思っている。
日本ラグビーには宿沢ありと将来の協会を背負うことが当然のように言われていたのに55歳で急逝したことは残念なことでした。
頑張れ関東学院大。頑張れ堀越監督。

2012年12月03日

経年劣化

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中央自動車道の笹子トンネルで天井板が落下して大惨事になった。
どうも原因はコンクリートに埋め込んだアンカーボルトが経年劣化で抜けやすくなっていたようだ。


1975年に完成したということだから37年が過ぎている。
鉄筋コンクリート製なら半永久的に使えると思っていたのにわずか50年も持たないとは。


『経年劣化』はハードでもソフトでも起きる。
企業でも国の組織でも経年とともに“垢”がたまり劣化していきます。


そうならないための維持管理が必要。
そう言えば僕の身体も70年使ってきた。
当然あちこちが老化して色々な部品が傷んだり使い物にならなくなってきた。
それとともに、我ら夫婦もどことなく経年劣化がおきているようだ。


経年劣化はどこにでも、誰にでもある。
早め早めの点検が肝心だと今回の事故が教えてくれた。

2012年11月29日

『長尺パター』

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Yahooのニュースを見ていたら『「長尺」パターに規制 腹部に固定して打つのはNG』とありました。
パットがも少し決まればスコアがよくなるのにとか、ショットの割にパットが下手でハンディが上がらないと嘆いているゴルファーは多いと思います。


かく言う私もその口です。
1mのパーパットをよく外します。(涙)


そんなとき長尺パターでお腹に固定して振り子のようにすればよくなるような気がしていました。
でも長尺を使う気はありません。だって長尺パターはあまり格好の良いものとは思わないから。


ただし今回の話は『長尺パター』に問題があるのではなくてその使い方にあるようです。
お腹やその他身体の一部に固定して打つことがNGとなるのだそうです。


たしかに従来のようにグリップを何処にも固定せずに振るのと固定してパターの先だけを動かすのとでは同じ土俵でパットをしているとは言えないような気がします。


ゴルフという競技がパットだけの競技であればこのように2つの打ち方があるのはおかしいと早くから問題になっていたかもわかりません。


パットは道具でもないとよく周りから言われます。
それだけ私も道具に頼っていたのでしょうがもうこの歳になればシングルプレーヤーもあきらめたし淡々とプレーして楽しむことに徹することにしました。

2012年11月22日

いい夫婦の日

今日は“いい夫婦”の日だった。らしい。
我らの夫婦も特別の感慨もないまま45年目を過ごしている。
今はお互い年金暮らしで、貧しいながらも平穏な日々を送っていることが妻にしてみれば何よりのようだ。


“いい夫婦”とはどういう夫婦のことなのか?
愛し合う夫婦、ケンカしない夫婦、隠し事のない夫婦、浮気や不倫をしない夫婦、真面目な夫と家事に精出す妻・・・。
しかしこれらの条件もある時期を取り出せばだれだって“いい夫婦”の時期はあっただろう。


40年も50年も同じ状態の“いい夫婦”というのはどんなものだろう?
やはり山あり谷ありの長い付き合いのなかで二人だけの味ができるもの。
『棺を蓋(おお)いて事定まる』ということだと思う。


2012年10月22日

高齢者用のおもちゃ

Yahooによると産経新聞の記事に『玩具、高齢者向けに活路 へび退治ゲーム機 話す人形』という記事があったそうです。
大人のおもちゃならぬ高齢者おもちゃ。
椅子に座って、穴から次々と出てくる蛇のおもちゃを足で踏み得点を競うゲーム機だそうで、足の運動を楽しく出来るように開発したそうです。


その他高齢者用のおもちゃが色々開発されてそれなりの需要があるようです。
中には、おしゃべり人形といった物で一人暮らしの高齢者の癒やしになるとの声も多いのだそうです。


私もそのうちおしゃべり人形を抱いて話しかけるようになるのかなぁ〜。

2012年10月09日

人間万事塞翁が馬

今年のノーベル医学生理学賞は京都大教授の山中伸弥氏に決まった。
日本人として実に嬉しいニュースだ。
Yahooの毎日新聞の記事によると山中教授は『人間万事塞翁が馬』という言葉を心の支えにして研究に没頭されたそうだ。


ノーベル賞をもらうほどの業績を上げるには並大抵の研究や努力では到底不可能だ。
挫折を感じた時に『人間万事塞翁が馬』何が幸いするか分からないと自分に言い聞かせることでまた頑張ることができるのだと思う。


『人間万事塞翁が馬』で思い出す映画がある。
中国映画『活きる』
これは中国を代表する映画監督の張 芸謀(チャン・イーモウ)1994年の作品。
清朝末期から国共内戦、文化大革命と時代の波に翻弄されながらも必死に生きる中国の一人の男性の生きざまを綴ったもの。


まさにこの中国映画『活きる』はサブタイトルを『人間万事塞翁が馬』と付けてもよいくらい時代の波の渦の中で大きな人生の振幅を繰り返しながら生きて行く。
この映画で僕は一つの生き方を学んだ気がした。


2012年10月05日

笹本恒子さん

先日NHKテレビで97歳の現役フォトジャーナリスト・笹本恒子さんを知った。
恥ずかしながら私は笹本さんを知らなかった。


生きる目的がなかったらあの体形、姿勢、食欲、若さは出ない。
僕のように消化日数を数えるだけの日々にはとてもあの若さも体形もムリ。
ちなみに笹本恒子さんの人生哲学は『何歳からでもやり直せる』というものだそうです。


70歳からやり直す・・か?



2012年09月04日

ジョン・コーフィ役のマイケル・クラーク・ダンカンさん

きょうYahooのニュース画面を観ていたら映画「グリーン・マイル」で死刑囚役を演じてアカデミー賞助演男優賞にノミネートされた米俳優マイケル・クラーク・ダンカンさんが死去したと報じていた。54歳だったそうです。


2000年に日本でも公開された映画『グリーン・マイル』は私も好きなトム・ハンクスの主演なのですが本当の主役は大男のマイケル・クラーク・ダンカンだったように思う。

マイケル・クラーク・ダンカン

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<シネマトゥデイより>




舞台は1930年代のアメリカ南部の刑務所。
その刑務所に少女殺人の死刑囚として入ってきたのが黒人の大男マイケル・クラーク・ダンカン演ずるジョン・コーフィだった。


無実の罪を着せられて死刑が確定しているコーフィは純真無垢な男で、不思議が力を持っていた。
その力で看守を勤めるトム・ハンクスの病を治す。さらにその不思議な力で刑務所長の奥さんの病も治す。


そしてあるときジョン・コーフィはトム・ハンクス演ずる看守に不思議な力の一部を植え付けた。
その力は長寿の力で100歳を越したトム・ハンクスがジョン・コーフィを回想する形で物語が展開します。
同じ死刑囚が可愛がっていたミスター・ジングルズという名前のネズミにも長生きの力を受け継いで同じくトム・ハンクスと老後を過ごしていきます。


トム・ハンクスをはじめとする看守たちは天使のようなジョン・コーフィに脱獄をするように説得しますがジョン・コーフィはもうこの世の中に生きて行くことを拒否します。
その時のジョン・コーフィの言葉が胸を打ちます。
いずれにしても圧倒的な存在感を示したマイケル・クラーク・ダンカンさんの死亡記事はあの映画を再度思い浮かべます。