多感な年ごろ70+α歳

2012年04月03日

1958年

週刊新潮の記事で懐かしい昭和33年ごろの団地のことを書いていました。
当時は畳の部屋で食卓やちゃぶ台を出してご飯を食べたらそれを片付けて一家団欒。
そしてそこへ布団を敷いて寝る生活が多かったようです。(我が家もそうだった・・・)


だからダイニングキッチンを含む2DK「食・寝分離」が憧れの時代。
ステンレスの流し台に風呂、水洗トイレの団地生活は夢でした。


1958年当時の公務員の初任給が1万円。銀行員が1万数千円。
その中で東京多摩平団地の2DK(43平米)が5500円。3K(49平米)6300円。
そして団地の入居資格には月収が家賃の5.5倍以上。


そして当時の日本中で電気洗濯機が2軒に1台。電気炊飯器が3軒に1台。
電気冷蔵庫が7軒に1台。白黒テレビ14型が6万5千円で普及率が15%。
それでも家電製品の普及で家庭の配線が不足してたこ足配線でした。


ちなみにこの年の出来事で記憶に残っているのは巨人・長嶋茂雄選手の4打席4三振デビュー。
東京タワー竣工。富士重工業が「スバル・360」を発売。
そして本田技研工業が「スーパーカブ」を発売したのもこの年だったようです。


それから54年が経ちました。
日本はすっかり変わりました。当然と言えば当然なのでしょう。
我々も54年の間に学校を出て社会人となり結婚して子供ができその子供も結婚して
今や孫の守も終わりそうになっているのですから。