多感な年ごろ70+α歳

2012年02月04日

『三屋清左衛門残日録』

私は藤沢周平さんの小説のファンです。
薫り高い平易な文体で日常の暮らしの中の風景を描写します。


その藤沢作品にハマるきっかけの作品が『三屋清左衛門残日録』です。
主君の側用人という重職までなった三屋清左衛がその職を辞してからの日常生活を短編で連ねたものです。


文庫本の初めのころを少し長めに引用させてもらいますと・・・


『・・・したがって、隠居して勤めをひき、子供に家を譲ることについては、仕事の上の心残りも余分な感傷の類も一切なかったつもりである。
隠居してあとは悠悠自適の晩年を過ごしたいと心からのぞんでいたのだ。
清左衛門が思い描いている悠悠自適の暮らしというのは、たとえば城下周辺の土地を心ゆくまで散策するというようなことだった。


散策を兼ねて、たまには浅い丘に入って鳥を刺したり、小川で魚を釣ったりするのもいいだろう。
記憶にあるばかりで久しく見る機会もなかった白い野ばらが咲きみだれている川べりの道を思いうかべると、清左衛門の胸は小さくときめいた。


ところが、隠居した清左衛門を襲って来たのは、そういう開放感とはまさに逆の、世間から隔絶されてしまったような自閉的な感情だったのである。
そして、その奇妙な気持の萎縮が、数日して自然に消えたとき、清左衛門はそのものがどこから来たかをいささか理解出来た気がしたのだった。


隠居をすることを、清左衛門は世の中から一歩退くだけだと軽く考えていた節がある。
ところが実際には、隠居はそれまでの清左衛門の生き方、ひらたく言えば暮らしと習慣のすべてを変えることだったのである。


勤めていたころは、朝目ざめたときにはもうその日の仕事をどうさばくか、その手順を考えるのに頭を痛めたのに、隠居してみると、朝の寝ざめの床の中で、まずその日一日をどう過ごしたらいいかということから考えなければならなかった。


君側の権力者の一人だった清左衛門には、藩邸の詰所にいるときも藩邸内の役宅にくつろいでいるときも、公私織りまぜておとずれる客が絶えなかったものだが、いまは終日一人の客も来なかった。


清左衛門自身は世間と、これまでにくらべてややひかえめながらまだまだ対等につき合うつもりでいたのに、世間の方が突然に清左衛門を隔ててしまったようだった。多忙で気骨の折れる勤めの日日。
ついこの間まで身をおいていたその場所が、いまはまるで別世界のように遠く思われた。


その異様なほどの空白感が、奇妙な気分の原因にちがいないと清左衛門は納得したのである。
そしてむかしにもどることが出来ないとすれば、その空白感は何かべつのもので、それも言えば新しい暮らしと習慣で埋めて行くしかないことも理解出来た。
うかうかと散歩に日を過ごすわけにもいかぬらしいと、清左衛門は思ったのである』・・以上転記


そして清左衛門の隠居後の生活がスタートします。
友人の 町奉行が抱える事件や、昔通った剣道の道場を覗いたり、知人やかつての同僚が絡む事件の解決に奔走したりと、老後をそれなりに充実して送ることになります。


私は友人から定年の通知を受け取ると決まって、この『三屋清左衛門残日録』を贈りました。